東京地方裁判所 昭和61年(ワ)8633号 判決 1987年1月29日
原告
野本恒夫
ほか一名
被告
望月利夫
主文
一 被告は、原告らそれぞれに対し、各二〇〇万六五九一円及び右各金員に対する昭和六一年七月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた事例
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らそれぞれに対し、各一八二八万五八〇七円及び右各金員に対する昭和六一年七月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和六〇年一一月四日午後二時五〇分ころ
(二) 場所 山梨県南都留郡西桂町小沼九八一番地二先国道一三九号線道路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車両 普通貨物自動車(山梨四〇く三七〇〇)
右運転者 被告
(四) 被害車両 自動二輪車(一練馬そ四二四八)
右運転者 亡野本恒太(以下「亡恒太」という。)
(五) 事故態様 右道路を西から東に向かつて進行してきて本件事故現場にある交差点(以下「本件交差点」という。)を右折しようとした被告運転の加害車両と、同一方向を加害車両の後方から進行してきて本件交差点を直進しようとして亡恒太運転の被害車両とが接触した。
(六) 結果 亡恒太は、頭蓋底骨折による脳挫傷により、同日死亡した。(右事故を、以下「本件事故」という。)
2 責任原因
(一) 被告は、加害車両を自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。
(二) 本件事故は、被告が、後方の安全を確認せずに突然道路中央に寄つて右折しようとした過失により発生したものであるから、被告は、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。
3 当事者
原告らは、亡恒太の両親であり、同人を各二分の一の割合で相続した。
4 損害
(一) 逸失利益 三六五八万一五二一円
亡恒太は、昭和四三年七月七日生まれの男子で、本件事故当時満一七歳であり、高等学校の二年に在学していたものであつて、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、学歴計、男子労働者、全年齢平均給与額である年額四二二万八一〇〇円を下らない額の収入を得られたはずであるから、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡恒太の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、三六五八万一五二一円となる。
422万8100×0.5×17.304=3658万1521
したがつて、右逸失利益に対する原告らの相続取得分は、それぞれ一八二九万〇七六〇円となる。
(二) 治療費 一七万六一一〇円
原告らは、亡恒太の死亡に至るまでの治療費として、右金額を各二分の一宛支出した。
(三) 死体運搬費 一二万八〇〇〇円
原告らは、亡恒太の死体運搬費として、右金額を各二分の一宛支出した。
(四) 葬儀費用 二八二万円
原告らは、亡恒太の葬儀を行い、これに右金額を二分の一宛支出した。
(五) 慰藉料 一五〇〇万円
亡恒太は、原告らの長男であり、間もなく高等学校も卒業できるので、原告らは、亡恒太の将来を楽しみにしていたもので、同人の突然の死亡による原告らの失望と悲嘆は極めて大きく、これによる原告らの慰藉料としては各七五〇万円が相当である。
(六) 損害のてん補 二〇一四万四九六九円
原告らは、本件事故による損害に対するてん補として、自賠責保険から右金額を受領し、これを二分の一宛各自の損害に充当した。
(七) 弁護士費用 三三二万円
原告らは、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬として、三三二万円を各二分の一宛支払う旨約した。
5 結論
よつて、原告らは、被告に対し、本件事故による損害賠償の一部請求として、各一八二八万五八〇七円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(五)の事実は認め、(六)の事実は不知。
2 同2(責任原因)の事実中、被告が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが、被告の過失は否認し、責任は争う。
3 同3(当事者)の事実は認める。
4 同4(損害)の事実中、(六)の損害のてん補の事実は認めるが、その余はいずれも不知。
5 同5(結論)の主張は争う。
三 抗弁(免責)
1 亡恒太は、制限速度の時速四〇キロメートルを遙かに超える時速約八〇キロメートルの速度で進行したうえ、道路交通法(以下「道交法」という。)第三〇条の規定に違反して本件交差点の手前三〇メートル以内において先行車両である加害車両を追い越そうとし、また、道交法第二八条第二項の規定に違反して既に加害車両が本件交差点を右折すべく道路の中央に寄つて進行しているにもかかわらず、加害車両の右側を追い越そうとし、さらに、本件事故現場の道路は追越のための右側部分はみ出し禁止の規制がなされているにもかかわらず、道路の右側部分にはみ出して追越をしようとし、そのうえ、道交法第二八条第四項の規定に違反して、加害車両との間隔を十分開けずにこれを追い越そうとしたものであつて、本件事故は、亡恒太のこれらの過失によつて発生したものである。
2 これに対し、被告は、本件交差点の手前約三〇メートルの地点で右折の合図を出したうえ、亡恒太が前記のような違反をしないものと信頼し、減速して徐行のうえ右折を開始したところ、右折が終了する直前に、全く予測できない亡恒太の前記のような無謀な運転によつて本件事故が発生したものであつて、被告には何ら過失がない。
3 以上のとおり、本件事故は、亡恒太の一方的過失によつて発生したものであつて、被告には全く過失がないから、被告は、自賠法第三条但書の規定に基づき、免責される。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実中、被告に過失がなく、本件事故は亡恒太の一方的過失によるものであることは否認し、免責の主張は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがなく、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証によれば、請求原因1の(六)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
また、同2(責任原因)の事実中、被告が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがない。
二 そこで、免責の抗弁について判断する。
1 原本の存在と成立に争いのない甲第一号証、成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 本件事故現場は、富士吉田方面(西方)から大月方面(東方)に通じる国道一三九号線(以下「本件道路」という。)上であり、本件事故現場付近は、本件道路と南方に通じる幅員約三・五メートルの側道が交差するT字型の交差点になつている。
(二) 本件道路は、西側に幅員約二・〇ないし二・七メートルの歩道が設置された車道幅員約七・四メートルのアスフアルトによつて舗装された平坦な道路で、中央線によつて上下車線に区分された片側一車線の道路であり、片側車線の幅員は約三・七メートル、最高速度が時速四〇キロメートルに規制され、追越のための右側部分はみ出し禁止の規制がなされており、本件事故現場付近は直線で見通しは良好であつて、本件事故当時路面は乾燥していた。
(三) 被告は、加害車両を運転して本件道路を東進し、本件交差点の手前約三〇メートル付近で右折の合図を出して減速を開始し、中央線寄りに進行して、交差点手前約一〇メートル(衝突地点の手前約九・三メートル)付近からさらに減速して右折を開始し、右折の途中、交差点の直前の対向車線内で被害車両と衝突した。被告は、衝突とほぼ同時にブレーキをかけたが衝突を回避できなかつた。
(四) 亡恒太は、被害車両を運転した本件道路を東進し、本件交差点の手前約五〇メートル付近で、訴外金沢有運転の車両を右側から追越し、続いて対向車線にはみ出して加害車両を右側から追い越そうとしたところ、加害車両が右折したため、ブレーキをかけたものの、回避できず、本件交差点の直前の対向車線上で加害車両の右前部に衝突した。
(五) 被害車両は衝突後、転倒して対向車線上を滑走し、亡恒太は対向車線側の歩道上に転倒し、被害車両は前方の中央線付近に停止した。
(六) 本件事故現場の路面には、本件交差点の手前の対向車線上に被害車両によつて印象された長さ約一一・九メートルのスリツプ痕、及び本件交差点の前方の対向車線上に長さ約一一・四メートルの擦過痕が残されていた。
2 右認定の事実によれば、被告には、あらかじめ右折の合図を出し、中央線側に寄つて進行したうえ、減速徐行して本件交差点を右折したとはいえ、右折するにあたつては、後方から進行してくる車両の存否及びこれとの安全を確認したうえ右折すべき注意義務があるのに、右注意義務を尽くさず、被害車両が右後方から進行してきて加害車両を追い越そうとしているのに気付かないまま右折進行した過失があるものと推認することができ(右推認を左右するに足りる証拠はない。)、本件事故は、被告の右過失も一因となつて発生したものと認めることができる。
右のとおり、被告に過失がなかつたとは認められないから、被告の免責の抗弁は理由がなく、したがつて、被告には、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるものというべきである。
3 もつとも、右認定の事実によれば、亡恒太には、追越が禁止されている交差点の直前で、しかも追越のための右側部分はみ出し禁止の規制がなされているのに道路右側にはみ出して追越をしようとしたうえ、加害車両が本件交差点の手前約三〇メートル付近から右折の合図を出し、中央線側に寄つて進行したうえ、減速徐行して本件交差点を右折しつつあつたのに、同車との安全を十分確認せずにこれを追い越そうとした過失があり、本件事故は、亡恒太の右過失も原因となつて発生したものと認められるから、亡恒太の右過失と前示の被告の過失とを対比すると、亡恒太には、本件事故の発生につき五五パーセントの過失があるものと認めるのが相当である。
三 進んで、損害に判断する。
1 逸失利益 三六五八万〇六七五円
成立に争いのない甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、亡恒太は、昭和四三年七月七日生まれの男子で、本件事故当時満一七歳であり、高等学校の二年に在学していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、亡恒太は、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、学歴計、男子労働者、全年齢平均給与額である年額四二二万八一〇〇円を下らない額の収入を得られたはずであるから、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡恒太の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、三六五八万〇六七五円(一円未満切捨)となる。
422万8100×0.5×17.3036=3658万0675
そして、原告らが亡恒太の両親であつて同人を各二分の一の割合で相続したことは当事者間に争いがないから、右逸失利益に対する原告らの相続取得分は、それぞれ一八二九万〇三三七円となる。
2 治療費 一七万六一一〇円
成立に争いのない甲第四号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第四号証の二及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡恒太の死亡に至るまでの治療費として、一七万六一一〇円を各二分の一宛支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 死体運搬費 一二万八〇〇〇円
弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第五号証及び及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡恒太の死体運搬費として、一二万八〇〇〇円を各二分の一宛支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
4 葬儀費用 一〇〇万円
弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第六号証ないし第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡恒太の葬儀を行い、これに二八二万円の費用を各二分の一宛支出したことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、前示の亡恒太の年齢その他本件において認められる諸般の事情を聡合すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、一〇〇万円(原告ら各五〇万円)をもつて相当と認める。
5 慰藉料 一五〇〇万円
前示の亡恒太の年齢、亡恒太と原告らとの身分関係、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、亡恒太の死亡により原告らが被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、各七五〇万円をもつて相当と認める。
6 過失相殺 五五パーセント
以上の損害額は、原告ら各二六四四万二三九二円となるところ、本件事故については、亡恒太にも五五パーセントの過失があると認めるのが相当であることは前示のとおりであるから、過失相殺として五五パーセントを控除すると、原告らの損害額はそれぞれ一一八九万九〇七六円(一円未満切捨)となる。
7 損害のてん補 二〇一四万四九六九円
原告らが本件事故による損害に対するてん補として自賠責保険から二〇一四万四九六九円を受領し、これを各二分の一宛各自の損害に充当したととは当事者間に争いがないから、右の損害からこれを控除すると、損害残額は、原告ら各一八二万六五九一円となる。
8 弁護士費用 三六万円
弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の難易、前示認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、合計三六万円(原告ら各一八万円)をもつて相当と認める。
四 以上によれば、原告らの被告に対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、原告らそれぞれにおいて各二〇〇万六五九一円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林和明)